
対話を大切に
お客様との対話会話を重んじる地方ならではのお店です
ほっとひと息できるような、安心できるお店を営んでおります
創業88年の信頼と実績、これからもどうぞよろしくお願いします
敦賀駅前に来られた際はふらっとお立ち寄りくださいませ
皆様のお越しをお待ちしております
敦賀駅前で最初のおみやげ店
昭和11年(1936年)敦賀銘菓の製造元として..
先々代が昭和11年(1936年)敦賀銘菓「豆らくがん」の製造元として敦賀駅前に店を構えたのが始まりだそうです。敦賀は「豆らくがん」という菓子が有名だったのです。
太平洋戦争時「敦賀大空襲」で店舗が全焼
太平洋戦争がいよいよ終戦という終戦間際「敦賀大空襲」受けて店舗が全焼、市内も尽く燃えつくされました。
初代店主は、豆らくがん製造の木型を全て焼失して途方に暮れていましたが、駅前という立地を生かして「特産品店」として生まれ変わりました。これが今に至るきっかけです。
敦賀駅前で「最初のおみやげ店」となりました。
戦後は駅前の立地を生かして特産品店へ
古くから交通の要所であった敦賀駅、東京 名古屋から大阪京都からも敦賀経由でのお客様が。
国鉄時代には長時間停車の列車が数多くあり、多くの人々が駅周辺へと繰り出していたそうです。お陰様で当店も大いに繁盛したそうです。
蒸気機関車全盛時代のころです。
敦賀駅には長時間停車の列車が数多く
長時間停車が数多い国鉄時代には 敦賀駅前ということもありかなり繁盛したようです
敦賀駅前で最初のおみやげ店は珍しく、弊店の賑わいぶりに 近隣店も御土産店に鞍替えするなど 一時期は10店近くの土産店がありました。
敦賀に帰り店内を明るく

時が経ち、郊外にバイパス等ができると交通の流れも一変、商店街も人通りが寂しくなっていきます。商店街そのものも店主の高齢化が進み、賑わいに陰りが...
高齢化していく両親からは、時々廃業の声が上がりました。
当時社会人だった私は「勿体ない」を自問自答ししつづけ数年後に敦賀に戻ってきました。先ずは、お店の看板を変えて店内照明を一際明るくして商品を目立つように工夫。著名な菓子会社にも遠慮なく取り引きのお願いをしました。
その結果、商品の品揃えも充実してお客様で賑わうようになりました。
お客様からは「このお店新しくできたの?」「全く知らなかったわ」等と嬉しい言葉もいただき、売上も順調に伸びていきます。

2024年、店舗リフレッシュオープン 創業88年目
北陸新幹線 敦賀延伸開業を前にリフレッシュオープンさせていただきました。
敦賀駅前で一番最初の特産品土産店となり創業88年目。当店は価値ある逸品をモットーに吟味した商品をより充実させてお客様のご来店をお待ちしております。
敦賀にお越しの際はぜひご来店、ご利用賜りますようお願いいたします。

SNS「X」 45,000人超の皆様とのつながり
SNSを通じて全国の有名企業様から各企業様を始め、多くのフォロワーの皆様との繋がりは大変ありがたく感謝の念に耐えません。朝の挨拶から何気ない日常の投稿にフォロワーの皆様からリポストやコメントを等をいただける喜びは元気の源です。
また遠くの地から敦賀へ来訪、当店へご来店いただける喜びはネットの時代ならではです。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
敦賀かわと
おみやげ処 敦賀かわと
住所 914-0054 福井県敦賀市白銀町4-5
弊社代表 河藤 正樹
取扱販売品目
羽二重餅、五月ヶ瀬煎餅等の銘菓類
オリジナルかたパン、旅酒、焼き鯖寿司等
鯖缶、へしこ、小鯛ささ漬、おぼろ昆布、雲丹醤等
越前そば、梅干し、ジャム、ピューレ等
福井の地酒 梵、黒龍、白龍、一本義、花垣等
越前焼物、若狭塗箸
